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東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)243号 判決

原告

株式会社丸上製作所

右代表者代表取締役

勅使川原清

右訴訟代理人弁護士

渡邊敏

鈴木亜英

一瀬晴雄

被告

ボナンザ・アール・ヴィ・セールス株式会社

右代表者代表取締役

比留間武

右訴訟代理人弁護士

花岡巖

木崎孝

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一一一五万六七七六円及びこれに対する平成三年六月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が自動車の輸入販売業者である被告に対し、被告から買い受けた自動車に欠陥があったと主張して、不完全履行を理由に売買契約を解除し、売買代金の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)

1  被告は、輸入キャンピングカー販売を目的とする会社であるところ、原告は、平成三年三月七日被告から、普通特殊自家用自動車クラリオン二三RD(自動車登録番号〈省略〉、車名フォード、以下「本件自動車」という。)を、代金一一一五万六七七六円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。

2  原告は、被告に対し、平成六年六月一八日到達の書面で、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

3  本件自動車の諸元は、別紙記載のとおりである(甲一)。

二  争点

1  本件自動車の欠陥の有無

(原告の主張)

(一) 本件自動車は、度々ベーパーロックが発生した。その発生状況は、次のとおりである。

(1) 原告代表者である勅使川原清(以下「勅使川原」という。)と原告の従業員四名は、平成三年六月岐阜県の長良川に鮎釣り旅行に出かけた。その際、中央自動車道恵那山トンネル手前で、クラッチが滑り出す現象が発生し、アクセルをふかしても加速せず、失速状態となり走行不能状態に陥った。勅使川原は、ミッションのオイル漏れと判断して、本件自動車を停止させ、車の周囲を点検したが、外部的な異常はなく、この現象を疑問に思いつつ、瑞浪インターを一旦出てガソリンスタンドで、一〇リットルのオイルを補充した。この時オイル漏れは発見できなかった。その後走行は安定して、予定通り長良川に到着した。その日は河原でオートキャンプを行い、翌日の昼食後、東京に帰るべく中央自動車道を利用して帰途に就いた。夕方、渋滞を回避するため、塩山より奥多摩へ迂回し、柳沢峠を越えて走行したところ、山梨県の甥欄淵付近の下り坂で第一回目のベーパーロックが発生し、ノンブレーキ状態となった。その当時の走行は、エンジンブレーキを主として使用しており、フットブレーキを多用するような走行方法は行っていなかった。

翌日、被告会社工場長小林(以下「小林工場長」という。)に修理を依頼したが、ミッションオイルがアクセルシャフト内部に漏れ出しており、オイルシールを交換したとの事であった。また、ベーパーロックに関してはブレーキオイルを交換したことで、修理が完了したとの報告を受けた。

(2) 勅使川原は、同年七月従業員とその家族を引き連れて、栃木県塩原にオートキャンプに行ったが、塩原から帰途に就いた下り坂で第二回目のベーパーロックが発生した。その当時の走行は、ローギア走行であったため、事故に至らなかった。

(3) 勅使川原は、同年八月得意先の四名とともに、長野県の天竜川に鮎釣りに出かけた。帰途、中央自動車道を塩山で降りて奥多摩へ迂回したところ、小河内ダム付近で、第三回目のベーパーロックが発生した。早速付近のトイレで水道水を汲み、ブレーキドラムに掛け続けた結果、三〇分後にブレーキペダルが上昇し、元の位置に復帰した。

(4) 原告は、被告に対し、故障の度に修理の依頼をし、その都度、被告から、修理が完了した旨の報告があったが、原因についての詳しい説明はなかった。この三度のベーパーロックの事故後、勅使川原は、本件自動車につき山岳走行を取り止めた。

(5) 本件自動車は、平成四年度中にも計四回のベーパーロックが発生した。そのため、原告会社は、平成五年以降本件自動車を使用していない。

(二) 本件自動車は、前輪ディスクブレーキのベーパーロックに対する性能が不十分であり、夏期における走行中のブレーキ操作によってベーパーロックが発生し、制動不能となる欠陥がある。即ち、本件自動車の前輪ブレーキは、運転者のブレーキ操作によって前輪ブレーキのディスク板とブレーキパッドの摩続により生じた熱が、ブレーキキャリパ内において、ブレーキパッドを作動させるためのピストン(ブレーキパッドをディスク板に押し付けるためのピストン)を通じてブレーキオイルに容易に伝導し、ブレーキオイルの温度を上昇させてブレーキオイル内に気泡を発生させる欠陥を有する点で性能が不足しており、本件自動車は、夏期における外気温の高い条件下での走行や山岳走行等の運転者のブレーキ操作によって、前輪ブレーキにベーパーロックが発生し、制動不能となる欠陥がある。その根拠は、次のとおりである。

(1) 鑑定人藤岡健彦が行った鑑定(以下「藤岡鑑定」という。)により、本件自動車の前輪ディスクブレーキのベーパーロックに対する性能は不十分であり、夏期炎天下に走行中、ブレーキ操作によってベーパーロック現象が発生する可能性が高いと鑑定された。藤岡鑑定によれば、本件自動車は、他車(三菱デリカスペースギア)と比較して、一回のブレーキ操作による油温上昇率が概ね2.5倍であることが判明した。

(2) 平成八年九月四日に行われた検証(以下「本件検証」という。)の際、気温二八度の下で、瞬間最高速度時速三五キロメートル程度の周回走行での加、減速の繰り返しにより、僅か二六分で、本件自動車にベーパーロックが生じた。

(3) 本件自動車について、平成四年に米国においてリコールの届出がなされている。

(a) 本件自動車は、フォード社製の、総排気量5.76リットルのエンジンを搭載した四輪駆動のF二五〇トラックのシャーシーを使用している。本件自動車は平成三年五月に新車登録されており、昭和六三年から平成三年の間に製造されたシャーシーを使用していることは明らかである。本件自動車はキャンピングカーへの改造車であり、もともとは四輪駆動車であるが、後輪のドライブシャフトがカットされて前輪駆動車に改造されている。

(b) フォード社の安全リコールの届出に関する資料(甲第一四考証の1ないし3)によると、昭和六三年から平成三年までの間に製造されたF二五〇トラックの前輪ブレーキの有効性の欠如としてリコールの届出がなされている。そのリコールの情報は、本件自動車の前輪ブレーキの欠陥に関する原告の主張のとおりであり、一定の条件の下でブレーキオイルのオーバーヒートのために前輪ブレーキの有効性が喪失することである。そして、その対策としてメーカーは、ディーラーに対し、熱に対する絶縁物を前輪ブレーキのはさみ式のピストンに取り付けることを指示している。

(三) 本件自動車には、シフトダウン機能ないしエンジンブレーキによる減速機能が欠陥とまでは言えないまでも不足しており、これが右の前輪ディスクブレーキのベーパーロックに対する性能が不十分なことと相まってベーパーロックの発生に寄与した。藤岡鑑定によれば、本件自動車のエンジンブレーキによる減速度は、比較した他車の六〇ないし七〇パーセントであり、藤岡鑑定にあるとおり極端にエンジンブレーキが効かないというレベルではないとしても、エンジンブレーキの効きが他の車種と比較して鈍い分、車の制動のためにフットブレーキに頼らざるを得ないことは否定できない。したがって、本件自動車のシフトダウン機能ないしエンジンブレーキによる減速度不足が、ベーパーロックの直接の原因ではないにしても、前記前輪ディスクブレーキのベーパーロックに対する性能が不十分なことと相まってベーパーロックの発生に寄与した。

(被告の主張)

(一) 原告主張のベーパーロックの発生状況は不知。

(二) 本件自動車に、原告主張の欠陥があることは否認する。その根拠は、次のとおりである。

(1) 藤岡鑑定について

(a) 藤岡鑑定で行われたブレーキオイルの温度上昇測定実験は、時速八〇キロメートルのスピードから、フットブレーキを約一〇秒踏み続けて停止させるという操作を約五〇回も繰り返すという、通常あり得ない運転方法によるものである。藤岡鑑定人が右のような通常あり得ない運転方法をしたのは、無理矢理ベーパーロックを起こそうとしたためである。そのような運転方法で、ブレーキオイルの温度が二一〇度になり、新品のオイルでなければベーパーロックを起こした可能性があったとしても、通常の日常的な運転において危険性があるなどと言えないことは当然であり、本件自動車には、売買契約の解除原因となりうるような欠陥はない。

(b) 藤岡鑑定は、「真夏の炎天下においてブレーキを多用するような状況で、しばらく使用されて沸点が下がったブレーキオイルを使用している場合には、ベーパーロックが発生する可能性が高い。」と言っているに過ぎない。最近の乗用車は性能も向上し、なかなかベーパーロックを起こさなくなったとはいえ、真夏の炎天下で、下り坂でフットブレーキを多用すればベーパーロックを起こすことはあり得るし、本件のような大型車ではその危険性はより高くなる。真夏の炎天下で下り坂を走るような場合には、ギアをローやセカンドに入れて、エンジンブレーキを効かせ、フットブレーキを極力使わないようにすべきことは常識であり、そのような運転をすれば、本件自動車でもベーパーロックを起こすようなことはない。真夏の炎天下でフットブレーキを多用してベーパーロックが起こったからといって、欠陥車であるなどと言うことはできない。

なお、本件自動車は、前輪後輪が別系統のブレーキで制御されており(タンデムブレーキシステム)、仮に前輪でベーパーロックが起こったとしても、後輪の制動力によって安全性が確保されるようになっている。

(2) 本件検証について

(a) 本件検証において、本件自動車を約三〇分走行させた結果、ベーパーロックの前兆が見られたが、これは、フットブレーキの使い過ぎによるものである。即ち、本件検証は、一周約一四五メートルの狭い楕円形のコースにおいて、最高時速四〇キロメートルまで加速したうえ、コーナー二か所で急ブレーキを踏むというものであり、一〇秒に一回は急ブレーキを踏んでいた。このような運転方法によるフットブレーキの使い過ぎにより、ディスクが三二〇度に加熱したものであり、それがブレーキパイプに伝わってベーパーロックの前兆を起こすこととなった。エンジンブレーキを適切に使用して通常の走行をする限り、ベーパーロックは起こらない。

(b) 本件検証の際に生じたのは、ベーパーロックの前兆であり、ブレーキの踏み代はほとんどなくなっていたものの、ブレーキの効き目は十分残っていた。

(3) フォード社のリコールについて

(a) 原告主張のリコールの対象とされているのは、フォード社の四つの組立工場で組み立てられたF二五〇及び三五〇の完成車両(トラック)であり、個別の部品ではない。本件自動車は、フォード社製の部品を購入して(フォード社以外から購入している部品もある。)、クラリオンモーターズ社がこれを組み立てて車両として完成させたものであり、本件自動車は、フォード社の右リコールの対象とはならない。

(b) 仮に、本件自動車と同車種のクラリオン車についてリコール届出が必要であった場合、それをするのは、本件自動車を製造したクラリオンモーターズ社である。しかし、クラリオン車に関しては、リコールが必要となるような不具合は報告されておらず、そのため、クラリオンモーターズ社はリコールの届出をしていない。

(c) フォード社の右リコール情報で、同じ排気量5.8リットルのエンジンを搭載した車両でも四輪駆動のものはリコール対象であるが、二輪駆動のものはリコール対象から外されていることなどからも分かるとおり、例えば同じブレーキ系統を使用していたとしても、完成車両の全体のバランス、ブレーキにかかる負荷のバランス等によって、ベーパーロックの起こり易さは異なってくるのである。

本件自動車のシャーシーには、フォード社のF二五〇(四輪駆動)トラック用の部品が主として使われているが、フォード社のF二五〇トラックのシャーシーをそのまま使っている訳ではない。したがって、完成車としてのクラリオン車においてブレーキにかかる負荷の量及びバランスは、リコール対象となっているフォード社製のトラックとは異なるものであり、フォード社の右リコール情報をもって、本件クラリオン車にも同様の問題点があるなどと推定することはできない。

(d) 本件クラリオン車は、米国の自動車安全基準(FMVSS)にも適合しており、日本の車検時の制動装置の条件もクリアしているのであり、売買の解除原因となり得るような欠陥は何もない。

(e) 以上のとおり、本件クラリオン車は、原告が指摘するフォード社のリコール対象ではないし、フォード社のリコール対象車種と同様の問題点を有すると推定することもできない。したがって、フォード社のリコール届出という事実によって、本件クラリオン車に、本件売買を不完全履行で解除できるような欠陥があるなどと言えないことは明らかである。

(f) なお、フォード社の右リコールにしても、「一定の極めて厳しい運転条件において、対象車は、ブレーキ油のオーバーヒートのため前ブレーキ有効性の喪失を経験するかもしれない。」という理由でなされたものである。どのような車でも、運転の仕方次第ではベーパーロックは起こるものであり、ベーパーロックが絶対に起こらない車を作ることなどできない。フォード社のいう「極めて厳しい運転条件」がどの程度のものであるかは明らかではないが、いずれにせよ、通常の日常的な運転による危険性はない。フォード社は、無謀な運転でもベーパーロックがなるべく起こらないようにという、極めて高度な安全性を追求するために、右リコールの届出をしたものである。フォード社のリコール対象とされている完成トラックも、売買契約を不完全履行と評価できるような欠陥があるという訳ではない。

(4) 本件自動車のシフトダウン機能、エンジンブレーキについて

(a) 本件検証において、ギアを落とすとエンジンの回転数が上がり、エンジンブレーキが効いていることが判明した。本件クラリオン車のトランスミッション及びブレーキに関しては、原告以外からクレームは出ておらず、リコールもなされていない。本件自動車の車体は、普通乗用車より重いので、下り坂では普通乗用車以上にフットブレーキの使い過ぎに注意が必要である。原告主張の本件自動車のベーパーロックの原因は、単にフットブレーキを使い過ぎたことによるものに過ぎない。

(b) 原告は、藤岡鑑定を根拠に、「本件自動車のシフトダウン機能ないしエンジンブレーキによる減速機能は、欠陥とは言えないまでも不足している。」と主張する。しかし、藤岡鑑定人は、「車格や車の国籍(米国製)を考えると、エンジンブレーキの性能が不十分であるとは言えない。」「減速感などドライバーの感覚に与える影響はともかく、エンジンブレーキの遅れが原因でフットブレーキの負担が増えるというレベルの遅れではない。」と鑑定意見を述べており、原告の主張に理由がないことが明らかである。

2  被告の不完全履行責任

(原告の主張)

(一) 本件自動車は、前記のとおり、試運転時から、ベーパーロック状態が発生し、乗車するのが非常に危険な車であった。原告は、被告に対し、ベーパーロック状態を解消する修理を再三依頼したが、被告は、十分な修理を行わなかった。同様に、原告は被告に対し、本件自動車が走行中にドライブギアからセカンドギアにシフトダウンさせた場合に、シフトダウン機能が働かず、ドライブギアのままの状態である点についてもクレームをつけたが、被告は、何ら改善のための処置を講じなかった。

平成五年に入り、勅使川原は、被告に対し、何回となく抗議したが、埒があかず、同年七月、勅使川原は、被告の小林工場長と交渉したが、対策部品を米国から取り寄せ、それでも直らない場合には、新車と交換する旨確約させた。その後、被告は、米国より対策部品を取り寄せたが、勅使川原が検討したところでは、本件自動車のベーパーロックが解消するには到底程遠いものであった。

後日、小林工場長が原告に来社し、本件自動車はリヤブレーキが効かない状態であることを認めた。しかしながら、新車と交換する点については、これを拒否した。

(二) 以上の経過によれば、原告が被告に対し、本件自動車の修理ないし新車との交換を求めるのは最早困難であるので、原告は、被告に対し、平成六年六月一八日到達の書面で、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、原告は、被告に対し、本件売買代金の返還を求める。

(被告の主張)

争う。

3  原告の代金の支払状況

(原告の主張)

原告は、被告に対し、平成三年三月二五日二四〇万円を被告の当座預金口座に振り込み、同年六月三日残金八七五万六七七六円を小切手で支払った。

(被告の主張)

1  原告が被告に対し、八七五万六七七六円を原告主張の日に原告主張の方法で支払ったことは認めるが、その余は否認する。原告主張の二四〇万円の支払は、後記2のとおり、原告が被告にしたものではなく、被告が原告にしたものである。

2  本件自動車の売買に際し、被告は、原告から、原告所有の自動車を四八〇万円で下取りすることとなった。ところが、その際、原告は、被告に対し、右下取価格を二四〇万円として、差額二四〇万円を原告に別途支払って欲しいとの申入れをした。そのため、被告は、これに応じて、右差額二四〇万円を小切手で原告に支払った。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件自動車の欠陥の有無)について

1(一)  本件自動車の走行状況

証拠(甲二、六、原告代表者)によれば、次の事実が認められる。

(1) 勅使川原は、平成二年頃、自らが経営する原告の従業員らの福利厚生のためキャンピングカーを被告から購入して使用するようになり、その後、平成三年三月七日被告から、右キャンピングカーを下取りに出してより大型の本件自動車に買い換えた。以後、原告では、夏場においては月二回程度、それ以外においては月一回程度本件自動車を使用するようになった。

(2) 勅使川原は、同年五月下旬に本件自動車の納車を受けた後、同年六月一日原告の従業員とともに本件自動車で、長良川に釣りに行った。同日、勅使川原が自ら本件自動車を運転し中央自動車道を走行したところ、岐阜県所在の恵那山トンネルを過ぎた辺りで、クラッチに滑べりを感じたため、本件自動車を直ちに停止させた。勅使川原は、本件自動車の周囲を点検したが、異常が認められなかった。その後、勅使川原は、ガソリンスタンドでエンジンオイルを購入して補充するなどして運転を再開し、長良川に到着した。

(3) 翌二日、勅使川原は、中央自動車道を経由して帰途に就き、塩山で右自動車道を降りて青梅街道に迂回した。ところが、山梨県所在の柳沢峠を過ぎた下り坂で、勅使川原は、ギアをセコンドに入れたがエンジンブレーキが効かないように感じられたため、ドライブギアのままフットブレーキを使用して走行したところ、通称甥欄淵付近において急にブレーキペダルが床について効かない状態となった。そこで、勅使川原は、サイドブレーキを使用するなどして本件自動車を停止させた。その後、勅使川原は、加熱していたホイール等にバケツで水をかけたところ、ブレーキペダルの踏み代が出たので運転を再開し、下り坂にはローギアを使用し、低速運転で帰った。

(4) 次いで、勅使川原は、同年七月一三日従業員らとともに、本件自動車で、栃木県所在の那須塩原のオートキャンピング場に行った。翌一四日、勅使川原が運転して帰路に就き、西那須野町付近の下り坂を走行した。その際、勅使川原は、同様、ギアをセコンドに入れてもエンジンブレーキが効かないように感じたため、ドライブギアのままフットブレーキを使用して走行したところ、急にブレーキが床につく状態となったため、勅使川原は、サイドブレーキを使用するなどして本件自動車を停止させた。その後、勅使川原らは、ブレーキ系統が自然に冷めるのを待って帰った。

(5) 更に、勅使川原は、同年八月得意先の者とともに、本件自動車で、長野県所在の天竜川に釣りに行った。その帰路、勅使川原らは、塩山で中央自動車道を降りて青梅街道に迂回し、下り坂を走行したところ、奥多摩町所在の小河内ダム付近でブレーキが効かない状態となった。勅使川原らは、本件自動車を停止させたうえ、タイヤやブレーキドラムにバケツで水をかけた。その結果、ブレーキペダルの踏み代が出たので運転を再開し、下り坂にはローギアを使用して帰った。

(6) 勅使川原は、以上三回のブレーキの異常が生じた都度、被告にその旨を訴えたが、被告の担当整備士らは、当初、原告側の運転方法に問題があるとして取り合わず、三回目のクレームに対し、始めて本件自動車のブレーキ系統を点検したが、特に異常はないと回答した。

(7) その後、平成四年になって、被告の小林工場長が、米国から対策部品(その詳細は後記(五)に認定のとおり)を取り寄せて、勅使川原に連絡した。勅使川原は、小林工場長とともに、本件自動車に対策部品を取り付けることを検討したが、対策部品を取り付けても効果が期待できないとして、取り付けないままとなった(なお、原告は、平成四年中にも本件自動車にベーパーロックが生じたと主張するが、その日時、場所、発生状況等を具体的に主張立証しないので、判断の資料にすることができない。)。

(8) 結局、原告は、平成五年以降、本件自動車の使用を止めて、現在に至っている。

(二)  当事者が行った実験

(1) 被告側が行った実験

証拠(乙一、二、一八、証人及川)によれば、次の事実が認められる。

(a) 被告は、勅使川原から本件自動車のブレーキについてクレームを受けたことから、被告が従前からクラリオン車の整備等を依頼していた有限会社柴崎自動車代表取締役である及川健二整備士(以下「及川整備士」という。)の協力を得て、本件自動車の実験を行った(以下、この実験を「及川実験」という。)。

(b) 及川整備士らは、勅使川原から、ブレーキパイプがエキゾーストパイプに接近しているためベーパーロックが発生すると指摘されたため、平成六年六月三〇日、まず、走行前に、ブレーキパイプとエキゾーストパイプとの間隔を測定したところ、一〇センチメートル以上あり、他の米国製キャンピングカーと比較してもその間隔はほぼ同じであった。

(c) 次いで、及川整備士らは、同日本件自動車を路上を走行させ、フットブレーキを故意に踏み続けたところ、約二〇分後に、ブレーキペダルの踏み代がなくなったため、走行を停止した。その後、及川整備士らは、エンジンをアイドリング状態のままにしたところ、約一〇分後にブレーキペダルの踏み代が出たため、走行を再開して帰った。

(d) 更に、及川整備士らは、同年七月一一日午後〇時前に福生市所在の被告本社を出発して、国道一六号線、同一五号線を経由して、埼玉県秩父郡所在の正丸峠に行き、同峠から山伏峠を越える下り坂を走行させ、午後四時過ぎに被告本社に帰った。その間、及川整備士らは、エンジンブレーキを使用するよう心掛けるとともに、フットブレーキを多用しないようにした。全走行距離は、約一〇八キロメートルであったが、その間、ベーパーロックは発生せず、特にブレーキの異常はなかった。当日の外気温は三四度であった。

(2) 原告側が行った実験

証拠(甲四の1、2、証人小林、原告代表者)によれば、次の事実が認められる。

(a) 小林国夫整備士(以下「小林整備士」という。)は、勅使川原から依頼を受けて、平成七年七月本件自動車について各種実験を行った(以下、この実験を「小林実験」という。)。

(b) まず、小林整備士は、同月二三日、自己の工場内で、本件自動車のエンジンを三時間掛けて、ブレーキパイプ周辺の温度を測定したところ、特に、異常は認められなかった。

(c) 次いで、小林整備士は、勅使川原とともに、同月二九日本件自動車を一般道において走行させた。当日午前九時半の外気温は三二度であった。その際、小林整備士は、ギアをドライブからセコンドに入れても、エンジンブレーキが効かず、停止直前で効き出し、ギアをドライブからローに入れた際にも、シフトダウンしていないように感じた。

(d) 次いで、勅使川原の発案で、小林整備士は、ブレーキを断続的に使用して、時速五ないし一〇キロメートルの低速度で走行させたところ、約一五分後にブレーキペダルが沈む症状が現れた。その時点で、温度を測定すると、左前輪ブレーキディスクで三一〇度、右前輪ブレーキディスクで二九五度、左後輪ブレーキドラム辺りで七五度、右後輪ブレーキドラム辺りで六七度であった。

(e) 小林整備士らは、右のような症状が現れたため、当日予定していた山岳走行を取り止めて帰路に就いたが、途中、時速四〇ないし五〇キロメートルで走行中、ブレーキに再度異常を生じた。

(三)  本件検証

証拠(検甲一、証人及川、原告代表者)及び検証の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 平成八年九月四日、東京都あきる野市所在の西多摩自動車練習所において、本件自動車に対する本件検証が行われた。本件検証は、本件自動車を実際に走行させてみて、本件自動車のシフトレバーの操作に応じてギアがシフトダウンするかどうかを実験するとともに本件自動車のベーパーロックの発生状況を検証することを目的としていた(なお、本件自動車のブレーキオイルは、同年六月にDOT三の新品に交換されていた。)。

(2) 本件検証は、当日午後一時から行われ、一周約一四五メートルのコースを使用して本件自動車を試走させた。当日の外気温は、二八度であった。

(3) まず、ドライブギアで本件自動車を走行させ、シフトレバーをセコンドギアに入れたところ、エンジンの回転数の変化及び変速ショックはいずれも感じられなかった。次いで、シフトレバーをローギアに入れたところ、その瞬間にエンジンの回転数が上昇するとともに、若干の変速ショックが感じられた。

(4) その後、ドライブギアのままで、直線部分において時速三〇キロメートル余りの速度まで加速し、角に来る度にフットブレーキのみを使用して減速し、本件自動車の周回走行を行った。途中、スピードを上げて走行したところ、開始当初から約三〇分経過した時点で、運転者であった小林整備士がブレーキペダルの踏み代が無くなってきたとして、走行を中止した。その時点で、前輪左ディスクブレーキの温度を測定すると、三二〇度であった。続いて、被告代表者及び及川整備士が、本件自動車を走行させたところ、フットブレーキの異常を確認したとして一周走行させた時点で走行を止め、本件自動車を停止させた。

(5) 停止した本件自動車のブレーキペダルを踏むと、ペダルが抵抗なく床までつく状態であった(なお、小林整備士及び及川整備士は、そのような状態でも本件自動車を所期の位置にそれぞれ停止させることができた。)。

(四)  藤岡鑑定

証拠(証人藤岡)及び鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 東京大学工学部助教授藤岡健彦は、鑑定人として、平成九年八月一八日、茨城県つくば市所在の財団法人日本自動車研究所総合試験路において、本件自動車の走行実験を行った(以下、この実験を「藤岡実験」という。)。右実験は、本件自動車を走行させてみて、夏期における本件自動車の前輪ディスクブレーキの性能、変速装置の機能等を実験することを目的としていた(なお、本件自動車のブレーキオイルは、事前にDOT三の新品に交換されていた。)。

(2) 右実験は、当日午前一〇時から午後五時まで行われ、長さ約一〇〇〇メートルの直線コースを使用し、本件自動車のほか、本件自動車と対比させるため、三菱デリカスペースギア(以下「三菱デリカ」という。)を走行させる方法で行われた。当日の外気温は、二三ないし三〇度であった。

(3) 藤岡鑑定人は、まず、時速六〇キロメートルからフットブレーキを使用せずに、エンジンブレーキのみで減速させる方法で、本件自動車及び三菱デリカのエンジンブレーキ試験を行った。本件自動車の走行時にギアをドライブからセコンドに入れても、変速ショックはほとんどないが、ギアをローに入れた際には、直後に変速ショックが感じられた。右実験の結果、本件自動車のエンジンブレーキの減速度は、三菱デリカのそれの六〇ないし七〇パーセントであることが判明した。藤岡鑑定人は、本件自動車の車格や米国製であることを考えると、エンジンブレーキの性能が不十分とはいえないとした。

(4) また、藤岡鑑定人は、右二台の車の前輪ブレーキキャリパ内のエア抜きネジに熱伝対を取り付けたうえ、右直線コースにおいて右二台を行ったり来たりさせ、その際、本件自動車については、時速八〇ないし四五キロメートルまで加速したうえフットブレーキを使用して停止させることを合計四九回繰り返し、三菱デリカについては、時速八〇キロメートルまで加速したうえフットブレーキを使用して停止させることを合計二六回繰り返すとともに、右二台の車のブレーキオイルの油温を測定する試験を行った。その結果、本件自動車にベーパーロックは発生しなかったが、本件自動車の油温が二一〇度まで上昇したほか、三菱デリカの油温より、2.5倍の早さで上昇することが判明した。

(5) 藤岡鑑定人は、以上の走行実験の結果を踏まえて、本件自動車は、前輪ディスクブレーキのベーパーロックに対する性能が不十分であり、真夏の炎天下において、ブレーキを多用するような状況で、本件自動車のブレーキオイルの油温は、一六〇ないし二〇〇度近くまで上昇する可能性があり、したがって、この温度が、しばらく使用されて沸点の下がったブレーキオイルの沸点を超え、ベーパーロックを発生させる可能性が高いと結論した。

(五)  フォード社のリコール等

(1) 証拠(甲一四の3、4、一五の1ないし5、一六の1ないし9、一七ないし二〇、検甲二、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(a) 本件自動車の前輪ディスクブレーキは、いわゆるキャリパタイプブレーキ(はさみ式ブレーキ)であり、運転者がブレーキペダルを踏むと、ブレーキオイルの油圧でキャリパ内のピストンが回転しているブレーキディスクにブレーキシューを押し付けて、前輪を制動する仕組みになっている。

(b) ところで、本件自動車は、もともとフォード社の製造するF二五〇トラックのシャーシーを使用してクラリオンモーターズ社がキャンピングカーに改造したものであり、ブレーキキャリパは、内蔵されたピストンを含め、右トラックと同一のものである。

(c) フォード社は、昭和六三年から平成三年までの間に製造されたF二五〇トラックの前輪ブレーキの有効性の喪失とするリコールの届出をした。それによると、一定の極めて厳しい運転条件において、対象車は、ブレーキ油のオーバーヒートのため前ブレーキ有効性の喪失を経験するかもしれないとし、その対策としてディーラーに対し、熱絶縁物を前輪ブレーキのキャリパ内のピストンに取り付けることを指示した(なお、右リコールは、右リコールの対象車は独立のブレーキシステムを取っているので、後ブレーキは機能を保持しているとしている。)。

(d) 勅使川原が最近米国から取り寄せた対策部品は、キャリパ内の従来のアルミ鋳物製のピストンの代わりに、上部に放熱板の付いたベークライト製のピストンを取り付けるというものであり、ピストンがブレーキシューに接着する面を少なくして間に空気を入れ、これにより、ディスクブレーキに発生した摩擦熱をより放熱し易いように考案されたものであった。

(2) 一方、証拠(乙一九、二〇、二三、二四)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、これまで本件自動車と同一のクラリオン車を本件自動車を含め合計一三台国内で販売してきたこと、これに対し、右クラリオン車について、ベーパーロックが発生したなどのクレームを被告に伝えてきたのは原告のみであること、F二五〇トラックのシャーシーを使用して本件自動車を製造したクラリオンモーターズ社にも、現在まで、リコールが必要となるような不具合は報告されておらず、同社はクラリオン車のトランスミッションやブレーキシステムについてリコールの届出をしていないこと、クラリオン車は米国の自動車安全基準(FMVSS)の認可を受けていること、本件自動車は、日本における車検も通っていることが認められる。

2(一) 右1に認定の事実に鑑み、本件自動車の欠陥の有無つき判断すると、右1(一)に認定の本件自動車の走行状況、右1(二)(1)に認定の及川実験の結果及び本件自動車と同車種のクラリオン車の原告以外のユーザーからクレームがないことによれば、勅使川原らが使用した際に生じたベーパーロックは、エンジンブレーキの効き具合が弱いため主にフットブレーキを使用したという右1(一)に認定の運転方法に起因するものであり、車体が重く、エンジンブレーキの効き具合が国産車と異なって弱いことなどの本件自動車のブレーキの特性を理解して、夏期に山間部の下り坂を走行するような場合には、速度を十分減速するとともに、エンジンブレーキを多用して、フットブレーキの使用を控え目にすることにより、本件自動車についてベーパーロックの発生を防止することができると認めるのが相当である。

このほか、証拠(甲一八、証人及川)によれば、本件自動車には、タンデムブレーキシステムが採用されており、前輪ディスクブレーキと後輪ドラムブレーキとは、独立の系統となっていて、前輪ブレーキに異常が生じても、後輪ブレーキの機能は保持されていることが認められる。この点につき、甲第一八号証(原告代表者作成の説明書)には、ブレーキペダルが床について効かない状態となった場合には、前輪ブレーキのみならず後輪ブレーキのブレーキオイルも気泡化しているとの記載部分がある。しかしながら、本件自動車のブレーキに異常が生じる原因は、前輪ディスクブレーキの加熱によるものであるところ(証拠〔甲四の1、2〕によれば、小林実験でベーパーロックが生じた際においても、後輪ブレーキドラム周囲の温度は、約六〇ないし一一〇度に過ぎなかったことが認められる。)、本件全証拠によっても、右熱がリヤブレーキパイプ内のブレーキオイルに気泡を生じさせてベーパーロックを発生させることを認めるに足りる的確な証拠はないのであるから、甲第一八号証の右記載部分を採用することはできない。

以上を総合考慮すると、本件自動車のブレーキに欠陥があるとは未だ認め難い(なお、原告は、「本件自動車には、シフトダウン機能ないしエンジンブレーキによる減速機能が欠陥とまでは言えないまでも不足しており、これが右の前輪ディスクブレーキのベーパーロックに対する性能が不十分なことと相まってベーパーロックの発生に寄与した。」と主張するが、藤岡鑑定の結果によれば、本件自動車のシフトダウン機能及びエンジンブレーキによる減速機能が不十分であるとはいえないことが認められるから、原告の右主張は、採用できない。)。

(二)  以上に関し、小林実験、本件検証、藤岡実験の各結果は、いずれも右(一)の判断を左右しないというべきである。その理由は、次のとおりである。

(1) 及川実験における山間部における走行及び藤岡実験における走行でいずれもベーパーロックが生じていないことに鑑みると、前記1(二)(2)に認定の小林実験においては、相当頻回にフットブレーキを使用したことが窺われるほか、証拠(原告代表者)によれば、右実験時に際しブレーキオイルは約二年半前に交換したままのものを使用していたことが認められる。そうすると、右実験時のフットブレーキの使用方法や、右実験時に使用したブレーキオイルが古く沸点が低かったことが、小林実験でベーパーロックを発生したことに影響を与えている可能性があるというべきであるから、小林実験の結果をもって、本件自動車がベーパーロッグを起こし易いとは認め難い。

(2) 前記1に認定の事実によれば、前記1(三)に認定の本件検証及び前記1(四)に認定の藤岡実験の際の本件自動車の各走行方法は、通常の走行方法とは相当異なるというべきであり、したがって、本件検証の際にベーパーロックの兆候が現れたこと及び藤岡実験において本件自動車のブレーキ操作による油温上昇率が他車より高いことが判明したことなどをもって、本件自動車がベーパーロックを起こし易いとは認め難い。

証人藤岡健彦は、真夏の使用時においては本件自動車のブレーキに実用上の危険がない訳ではなく、ブレーキの性能を強化し、放熱量を大きくするなどの措置を講じる必要がある旨証言するが、藤岡鑑定及び右証言をもって、本件自動車のブレーキに欠陥があると認めることはできない。

(三)  他に、本件自動車のブレーキに欠陥があることを認めるに足りる証拠はない。

二  以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

(裁判官岩田眞)

別紙〈省略〉

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